自分を透過させる

翻訳家柴田元幸。翻訳ものまで手が回らず、彼の作品はエッセイ程度しか読んでいないのだが、発起人のひとりであった、春樹本翻訳の国際シンポジウム以来、親しみを感じていた。その時、翻訳のおもしろさも知った。そんな折り、内田樹氏との翻訳対談の情報が飛び込んできた。


会場は都心ながら、しっとりと落ち着のある環境にあった。そこに小柄な柴田氏がちょこちょこと登場。内田氏は黒スーツにノーネクタイの白シャツ(トラッドな趣味の方である)だったが、柴田氏はソックスにジーンズのハーフパンツとジーンズのシャツ。なんとラフなスタイル!ほんとに目玉大きいわぁ。


内田樹氏は学生時代から翻訳会社を作っていたので、翻訳業からのスタートだった。彼等の翻訳論はテンポ良く、とてもおもしろかった。年代も近く、育ちも近いらしいし…良くかみ合っていたと思う。


翻訳の達人であるご両人は同じことを言われた。「翻訳はスピードが大事」。(へぇ〜、そうなんですかぁ)柴田氏は原書を読みながら、同時に翻訳を書いていってしまうそうだ。そのくらいの速さ。それもPC画面では遅くて手が追いつかないので、まず手書きで書いておき、お連れ合いに打ち込んでもらう。今のところ、それがいちばん最速手段のようだ。(お連れ合いが大変そう;)


内田氏のはじまりは専門書などの翻訳から。原文全部を日本語にはしない。重要なところは勘でわかる人のようで(従ってテストのヤマを当てる名人でもあった)、そこをしっかり訳す。翻訳のキモは「読み手に知的負荷をかけない」ということだそうだ。一方柴田氏は「読者を威嚇しない仕方。要は気持ちよく読めること」と言われる。それが両人によって「スピード」という言葉に表現されたというわけ。


著者・訳者・読者の関係について。三者の関係として考えると、訳者は著者の事情、読者の事情の板ばさみ状態になり、とてもストレスフルになる立場。訳者ならではのジレンマ。それをこう考える。訳者は著者から受け取ったものを読者に差し出す、つまり通過させるという位置。三点を三角形ではなく、線上に位置させる。

柴田氏は村上春樹氏のコバンザメですとご自分で言われているように、柴田氏の朱入れに対して、春樹氏は即座に了解し、まったく異論を言わないそうだ。翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)気持ちが通じてしまう?しかし、どんなになりきれたとしても、文章のつなげ方など、決して同じように小説は書けないと最近小説を出した柴田氏は言う。短篇集 バレンタイン翻訳と自分の小説はまた違うもの。

(つづく)