「お大事に」

“Take care of yourself” は「お大事に」という意味だ。直訳は「あなたのからだはどうぞご自身でケアしてくださいね」。そういう根源的なことを、ことあるごとに医療者はメッセージしていたのだった。しかし、いまの現実は両者ともにこの本来的なセルフケアという言葉を有効活用していない。医療関係者の端くれだった私自身も、自覚のないままさんざん使ってきた。なんたることか、嗚呼…。


なぜ知ったのかというと、安野丈『シンデレラさんお大事に』という本のタイトルからである。精神科医である安野さんが子どもに昔話を読み聞かせるうちに、主人公がみんな精神科的に問題のある人物ではないのかと思い至り、彼等を分析している。強引とも思えるこじつけではあるが、おもしろいのだ。
たとえばシンデレラは境界性人格障害。マッチ売りの少女にいたっては虐待を受けた性依存症だものね。しかし、神話などは必ずなにかの隠喩が含まれているもの。そこで、なぜガラスの靴なのか、靴とは何のメタファーか…などを取り上げている。メチャクチャじゃん、と思いながらもけっこう説得力があるのだ。あとがきに「しかし、書き終えてみると、何のことはない、一番ゆがんでいるのは私であった」と書いているように、彼?も相当に偏執的ではある。


では何故彼がこのような形で本を出したのであろうか?「あんの・じょう」というペンネームまで使って。それは近ごろの「こころの専門家をありがたがる風潮」に警笛を鳴らしたのだ。何でも彼等に聞けば答えがわかると思っている。ほんとうにそれでいいの?と。彼はこの本を書く事によって、ゆがんだ自分というものを題材にし、「ことほどさように専門家は世の中すべてを専門に引きつけて解釈してしまうものだ、だから彼等の言うことを鵜呑みにするな!」と言いたかった。「お大事に」と言いたかったのだ。たぶん。きっとそうに違いない。