120%の感受性

ライ麦畑でつかまえて』の作者サリンジャーの訃報。91歳だそうだ。名前も作品もあまりに有名だが、私自身はよくわかっていないというのが正直なところ。『ライ麦〜』は1951年の作品だそうだ。60年も前の作だということに、驚く。



この作品の評価は分かれるようだ(その反応自体内容とリンクしている)。どちらにしても後世に少なからぬ影響を及ぼしてきた。隠遁生活と言われるように個人の生活は明かされていない。極端にプライバシーを拒んでいたようだ。ABCのニュースキャスターは、それなのに報道をしてごめんなさい、と言いながら伝えていたが・・。



残念ながら私が出会ったのは、もうとおに思春期を過ぎてから。従って自分自身の世界観に直接のパンチを受けることはなかった。どちらかというと「理由なき反抗」とか「大人は判ってくれない」など、二次的なパンチを受けている。



そんな報道の後、再放送でたまたま見た番組が妙にシンクロし、感慨に浸る。それは毎回ゲストが子ども時代を語るもので、その回は作家のあさのあつこさんだった。実はこの方も知らないのだ。ベストセラー「バッテリー」という野球少年の話の作者(ドラマは少しだけ観たことがある)。



彼女の少女時代(小中学生)のころの、揺れ動くこころのひだが語られ、それが私のこころの中で、サリンジャーの報とハモッていた。世界への違和感や居場所のなさ、大人への期待と失望、束縛などなど。まさに思春期の多感でナイーブなこころの葛藤が丁寧に語られていた。



少女時代のあさのさんの語られたこころの揺れは、多かれ少なかれどんな少年少女も感じていることだろう。そして成長とともに、それを乗り越えてきた。つまりは大人とはそれらを通過してきた存在なのだ。かつては彼らと同じ存在でありながら、なぜ彼らと乖離しているのだろう。なぜ彼らの言葉がとどかないのだろう。



大人と言われるようになった人間たちは、かつて壁となった大人の役柄をすっかり引き受け、彼らの前に立ちはだかっているのだ。だから、60年経ってもサリンジャーの言葉は色褪せず、若者のこころに深く沁みいることができるのだろう。



成長に壁は無意味でないかもしれない、しかし懲りずに繰り返されることに、哀しさを感じないわけではない。

ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス)

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キャッチャー・イン・ザ・ライ

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大人は判ってくれない [DVD]

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