切り抜き記事

新聞の切り抜きをよくする。先日、帰省の折、母が古い新聞の切り抜きをだしてきて「なかなか整理できないので、いるのがあれば・・・」と色あせた大量の紙片を見せられた。とりあえず切り抜いてとっておくのは母譲りかと合点した次第。

さて、その切り抜き記事のひとつ。
新聞のコラム氏は1985年の終戦記念日の翌日にあった村上春樹氏の新聞記事を取り上げている。「戦争においてわれわれは100%の被害者ともなりえないし、100%の加害者ともなりえない。―略―『戦争はもうこりごり』という正しくはあるが比較的漠然とした認識の中にとどまっている限り、その加害状況は先になって必ず違ったかたちをとって再現されるはずだ」。現に、以降戦争はこりごりと言う世界の人々の上に、戦争は起こり続けているではないかと村上氏は言うのだった。

「正しくはあるが、比較的漠然とした認識」という村上的表現に「確かに!」とうなずく。コラム氏はそれを受けて「国家が人を殺すことに、ひとりの人間としてどうかかわるかは、文化の根源の問題」という。やはり先日の記事に載っていたむのたけじ氏も、ただ9条があるから平和でいられるというのは認識が甘いと言っていた。彼はジャーナリストとして真実を伝えられなかったと終戦と同時に朝日新聞社を辞め、故郷の秋田に帰り、「たいまつ」という新聞を発行し続け、03年には高齢ながら、むのたけじ平和塾も開いている。

やはり一人ひとりにおける日常的な意識、想像力の問題になるのだろう。自分自分でできることではあるが、なかなか困難なことでもある。

詞集たいまつ〈5〉

詞集たいまつ〈5〉