帰巣本能による悲喜

新聞に南極越冬隊の村山雅美隊長がエッセイを連載している。今、南極越冬隊と言っても知らない人が多いかもしれないが、極地研究のために毎年南極に行き、日本の昭和基地で越冬していた。有名で映画にもなった、樺太犬のタロとジロの生存秘話がある。いつだったか、南極に犬たちを置いて帰らなければならない年があった。翌年南極に行くと、タロとジロ二匹だけが生き残り迎えてくれたのだ。

村山氏はその謎の解明を専門の生物学者に頼んだそうだ。その説によると、成犬で南極にやってきた犬たちは北極星を求め、北へ北へと向かい、海に落ちて死んだそうだ。しかし子犬で連れてこられたタロジロは、成長期を過ごした南十字星の下の昭和基地が故郷であった。二匹は北へは向かわず、基地の周辺で海獣の排泄物や氷の割れ目から飛び上がる魚などを食べ、生命をつないでいたのだそうだ。犬の帰巣本能によって、一方は死に至り、一方は生存できた。皮肉で、かなしい出来事ではある。

生物は月の満ち干など宇宙のリズムをからだで感知し、受精や産卵出産をする。同種一斉に同じ行動をとる。もし、その行動ができないものがいるならば、それは死につながる。生き残るためにぎりぎりのところで獲得されてきた本能、身体記憶は、他の樺太犬のように残酷な結果を招くこともある。しかし身体に刻み込まれた情報は種の淘汰を最小限にし、絶滅を防いでいるはずである。生存は命がけなのだ。