生きるための智恵

チェトンミンさんという韓国籍の方を古くから知っている。在野の研究者だが、もともとは宗教学の留学生として来日。語学堪能、フランス哲学も詳しいが、なんと言っても日本の古典にメチャ詳しいのだ。日本語を学ぶうちに古来の日本語に興味を持ち、研究に没入。その彼に『徒然草』の道案内をしてもらっている。


毎月1段づつ読むというかたつむりペース。計算上では20年かかるというものを一段づつ読んでいく、それがおもしろいと思う。読み終えるのが目的ではないからだ。歳を経ればそのときなりのとらえ方になる、その変化も想像すると楽しい。
本日は91段。今年初めてということで、吉凶の話。乱暴な話しだが、桃尻版橋本治風にまとめてみました。

吉凶は昔の人はそれほどこだわらなかったのよね。日が悪いからとできなかった理由にしたり、とりやめるなんて愚かなことだわ。じゃあ、日がいい日に、いやなこと、できなかったことはなかったの? 考えてみれば同じだということがわかるはずだわ。日が悪ければ、それなりにすればいいの。いい日でもよくないことをすれば凶になるし、悪い日でも善いことすれば吉になる。その人の気持ち次第。吉凶なんて、日によるんじゃなくて、人によるのよね。

お粗末様でした。その間に書かれていたことからの深くしみじみした哲学的問答は解説困難。悪しからず。因みに私が引いた今年のおみくじは「吉」であった。


最も嫌いだったものがこんな形で接近してくるとはね…。縁の不思議というものである。