まねる

高野文子ファンの榎本ナリコという漫画家は、高野さんのマンガを全部丸コピーしたことがあるそうだ。塗りつぶしも全部。1ページだけで1時間半かかった。自分の作品は30分なのに・・と、高野さんの仕事の緻密さを言っている。そのエネルギー、すごい。しかし、それは必要なことだと思う。


影響されるってそのくらいのことなんだ。本気なら、好きな作品とか、すごいと思う人のものを、自分のものにするためにそういう行為に行き着くのは当然なことではないか。それが「好きだ」ということであると思う。私にそういう“熱中”はないな…。ガクリッ。


これは自分を棚に上げての話しだが、いま、ある意味真似ること、流行りを取り入れて自分なりにすることは、上手くなっている。が、小手先でまねるのは上手いのだけれど、きっちり自分のものにするために、「徹底して真似る」ことは、少なくなった気がするのだが、どうだろうか。まねをすることは個性的ではないとか、創造的ではないというニュアンスも一方である。「その人にしか出せないもの」の芽生えはそれを越えてある、と思うのだけれど…。