ちびくろさんぼ復刊

岩波から出ていた『ちびくろさんぼISBN:4050033801。真っ赤な表紙に黒人の子どもとトラの絵。子どもではなく、自分のこととして記憶している。ジャングルの中で、トラたちに持ち物を取られたが、最後にトラたちが諍いをして、木の周りをぐるぐる回りだし、ついには美味しいバターになってしまうという、奇想天外なお話。その時のバターの色がなんとも言えず美味しそうだった。うちに持ち帰ったバターでホットケーキを食べる、それがまた垂涎もの。美味しい絵本なのである。

それが絶版となり、もう手に入らないと聞いたときは残念だった。手元に絶版に対して行なったシンポジウム(1989年)の記録冊子がある。呼びかけ人の一人、童話屋の田中裕子さんから買ったのだと思う。初版はなんと1990年。そんなに日が経っていたとはね。発売中止の原因は、差別の問題であった。他国でもいろいろ問題にされてきた。

さんぼという名前、また両親のジャンボとマンボには差別的な意味があるという。さんぼが食べた169枚のホットケーキ。これもおおぐらいな黒人という軽蔑につながるのだとか。差別していると言えばそうかもしれない。書かれたのが1897年。インドに滞在したヘレン婦人が、本国に残してきた子ども達に向けて書いた物語。一母親の手作り絵本である。当時のこと、無意識に白人側の差別意識があったかもしれない。しかし、国に残してきた子ども達への思いから書いたのだから、差別よりむしろかわいらしさからではなかったか、と私は想像する。つまり他意はなかった。

ずっと子どもに支持されてきたのには、問題を超える魅力があったからだろう。差別や暴力性はどんな場面でもありうる。私たちは無意識に、日常的に、誰かしらを傷つけてしまう存在だ。それを言うなら、イソップや日本の民話など内容のおそろしいものはある。『おおかみと七匹のこやぎ』ISBN:483400094X(福音館)の最後の頁は「おおかみがしんだ」、「おおかみがしんだ」と井戸の周りをやぎの親子が踊り回るシーン。その言葉を子どもたちは嫌がった。しかし、そのことで、子どもと話ができた。一緒にはやしたてる子もいるだろう。大きくなって、差別に気がつく子どももいるだろう。ちびくろさんぼもトラをメタファーと解釈すれば、また趣が違う。いろいろでいいと思う。絵本はきっかけ。正義の御旗を振り回すものでもない。

差別の問題は微妙で難しい。が、ともかく、表現を制限されるということが、私には窮屈な社会に思える。因みに日本で発刊された1953年は「華氏451」が発刊された年であるそうだ。今回の復刊は、少なくとも華氏451の世界にはならなかったというわけだ。メデタイ。